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つながり天国36-要約資本論⑤

日記・小説、文学・恋愛
10 /31 2018
要約資本論⑤
 第二節商品で表示される労働の二重性格
(16)<要約>最初に商品は使用価値と交換価値が争っているものとして現れた。二者闘争的。
 次に、労働が抽象的人間労働として価値(商品価値)になると、労働は使用価値を生む具体的労働としては存在しなくなることが分かった。
 商品に含まれている。労働のこうした二者が争っている生まれつきの性質は、私によって初めて批判的な立場ではっきりと示された。
 この点は経済学を理解するための軸点(中心)だから、より詳しく明らかにすることにしよう。
   
 <おもしろく>
 二者闘争的―二つの物が争っている。
 批判的に―批判する立場に立つ様子。
 軸点―中心の棒となる点。

 二者が争っている商品。
 使用価値
   ↓↑
 交換価値(価値)
 労働もまた二者が争っている。
 使用価値を生む具体的労働
   ↓↑
 価値(商品価値)を生む抽象的人間労働
 そうして、価値になると使用価値を生む具体的労働が存在しなくなる。
 こうした点はマルクスによって初めて指摘されたという。
 商品の内部で二者が争っている。
 例えば店に並べられた一個百円のリンゴは売り物である。それは食べ物てないのだから、勝手にとって食べることはできない。使用価値ではない。
 リンゴは買って初めて食べ物になる。交換価値から使用価値になる。買わないで取ると万引きになる。「万引き家族」などという映画が話題になったが、万引きを認めたら商売は成り立たなくなる。資本主義は成り立たない。「警察に突き出す」というが、警察は資本主義を懸命に守っている。

(17)<要約>上着と亜麻布が質的に異なる使用価値であるように、それらを生む労働(有用的労働)も質的に異なる。―上着を作る縫製業と亜麻布を作る織物業。
 だから質的に異なる有用的労働の生産物でなければ、商品として向き合うことはできない。

 <おもしろく>
 亜麻布―亜麻の茎の繊維でリンネルや寒冷紗(かんれいしゃ)などの織物を織る。
 リンネル―亜麻の繊維で織る。
 寒冷紗―目の粗いきわめて薄い絹布、または麻布。
 有用的労働―役に立つ労働。

 質的に異なる使用価値は、質的に異なる有用的労働によって作り出される。
 有用的労働という。無用的労働もあるだろう。あるいは有害的労働もあることだろう。「無用の用」などと言ったりするが。
 有害的労働はやるべきではない。やれと言われてもやるべきではない。金をもらえば何でもやるのではない。「生活のため」などというのは通用しない。
 「言われたからやっただけだ」などというのも通用しない。やらなければ良いのだ。そんな情けない労働者、人民になってはいけない。アホになってはいけない。自分で考えなくてはいけない。善悪を判断しなくてはならない。
 戦前、中国などへ侵略した兵士だった人たちが、「戦場では人が次々死ぬ。人の死に慣れてくる。人の死に麻痺して感じなくなる」などと話していたが、慣れたり、マヒすることも言い訳にならないのだ。





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つながり天国35-「不平等は当たり前」をひっくり返す

日記・小説、文学・恋愛
10 /31 2018
「不平等は当たり前」をひっくり返す
 不平等が当たり前の世の中。不平等社会。不平等時代。資本主義社会。日本、アメリカ。
 「かってのソ連や社会主義中国の人民公社などは、いくら働いても分配は平等だった。だから労働者や農民は働かなくなった。
 競争のある資本主義こそ世の中進歩発展する。不平等は当たり前。格差があって当然。」
 そんなことを知ったかぶりにいう馬鹿どもがいる。
 ソ連や中国は平等ではなかった。特権を持った者や支配者がいた。その頂点に独裁者スターリンがいた。
 毛沢東はそんな不平等をなくそうとして、「文化大革命」なるものを起こしたが、うまくいかなかった。「文化」の問題ではなく、「経済」の問題ではなかったのか。大いに議論が必要だろう。今、不平等が広がっている。
 日本では、「日本共産党」が不平等の党になっていて、労働者人民の信頼を得られない。まあ、マルクスも毛沢東も投げ捨てたのだから、「共産党」という名前を変えるべきだろう。「日本資本主義党」というのはどうだろうか。今の姿勢に合致していると思うが。
 いずれにしても、「日本マルクス主義共産党」が必要だろう。その党は平等で、人民内部の民主主義―参加型交代制民主主義の党が必要だろう。独裁者や支配者を作らない党だろう。
 不平等社会は「働かない、働くのが馬鹿らしい」
 金持ちと貧乏人の格差が激しく、働くのが馬鹿らしいからこそ、資本主義社会は盗人が絶えないのではないか。どろぼう、強盗、殺人、横領、詐欺。次々と犯罪が絶えることがない。パチンコ、競輪、競馬、競艇、宝くじ。カジノもか。仮想通貨で儲ける。その仮想通貨を盗む。株で、為替で、大豆や原油の相場で、儲ける。一生懸命だ。他にも色々あるだろう。
 「不平等だから、みんな一生懸命働いている。」本当にすばらしい。良く「働く」。盗人はみんな進歩発展している。
 そうして戦争。戦争は究極の強盗殺人ではないか。一発の原爆で15万人からを殺した。素晴らしい進歩発展だ。日本を支配した。
 平等を求める労働者、農民も進歩発展しないといけない。
 平等な組織こそ大いに奮い立ち、大いに仕事をする気になるのではないか。そんな関係、そんな組織が必要だ。不平等の組織ではなく。労働組合は平等な組織になっているか。
 不平等と「差異」は違う。個性は違う。個性ある者同士が平等に付き合う。「障害は差異」などというが、そのとうりだろう。それぞれが大いに違いを発揮するだろう。差異を差別して、不平等になってはいけないだろう。
 平等なら大いにやる気になるだろう。差別され、不平等なら腐ってしまうだろう。やる気をなくす。
 「当たり前」をひっくり返そう!

つながり天国34-要約資本論④

日記・小説、文学・恋愛
10 /26 2018
要約資本論④
(14)<要約>労働時間は生産力の変化につれて変わる。
 生産力は熟練の度合い、技術的に応用できる発展の段階、生産過程の社会的結びつき、生産手段の範囲、作用能力などによって、また、自然のさまざまな関係によって決まる。豊作や凶作によっても変わってくる。
 労働の生産力が大だと生産に必要な労働時間が小で、価値が小である。
 価値の大きさは、労働の分量に比例し、生産力に反比例する。

 <おもしろく>
 正比例―一方が増えると他方も増える。
 反比例―一方が増えると他方は減る。

 生産力が上がると物の価値が下がる。価値が下がれば値段も下がるだろう。
 しかし、現実はそうはならない。自動車などは生産力が上がっているのだから、どんどん下がってもよさそうだが下がらない。なんだかんだと理屈をつけて値段を上げる。ぼろもうけしている。
 価値と値段は正比例しない。値崩れしないように談合したりする。いくら摘発しても談合はやまない。隠れて、秘密に事は進む。
 生産力が上がると企業の利益が増える。企業や資本家の儲けが増えていく。

(15)<要約>あるものは価値ではないが、使用価値であることが出来る。役に立つことが労働によらない場合に。例えば、空気、処女地、自然の草地、野生の立ち木など。
 自分の生産物によって自分自身の欲望を充たす人は、使用価値を作り出すが、商品を作り出しはしない。
 商品を作り出すためには、使用価値を生産するだけではなく、他人のための使用価値を、社会の使用価値を生産しなくてはならない。
 最後に、どんなものも使用の対象でないと価値にならない。物が役立たないなら労働も役立たない。使用価値を作らない。

 <おもしろく>
 処女地―人が踏み込んだことのない土地。
 有用―役に立つ様子。
 無用―用がない。役に立たない様子。

 商品の生産とは、使用価値の生産だけではなく、他人のため、社会のために生産することだ、という。
 リンゴを作って自分で食べるなら、リンゴは商品ではない。リンゴを作って売るなら商品だろう。売り物を作る。商品は売り物だろう。
 資本主義はあらゆるものを商品化する、などというけれども、どう考えたら良いのだろうか。商品化されることで自分で作らなくて良い、買えば簡単に手に入る。便利になる。買えばよい。面倒でない。
 他方で、金がなくても手に入っていたものが、金がないと手に入らなくなるかもしれない。買わなくてはいけなくなる。金がないと生活できない。金に支配されるようになる。金、金、金になる。
 また、作ることでそれなりの技術や知識を持ち、行動や労働をしていたのに、買うことでそうしなくなって、技術や能力がなくなるだろう。
 自分で作りたいとか、手作り品が望まれたりするようになる。作るとか、色々の能力があることが楽しい。家庭菜園なども自分で作りたいのか。商品を作るのではない。

第一節の終わり
 ここで第一節の商品の二要因―使用価値と価値(価値の実態、価値の大きさ)が終わる。
 商品とは何かを分析してきた。
 商品は使用価値と交換価値を持っている。使用価値は各商品で違う。
 交換価値は、価値(商品価値)を持っているから交換価値なのだろう。価値の実体とは、抽象的人間の労働であり、その結晶として商品を形作っている。
 その大きさは労働時間によって量られる。
 各商品に共通した抽象的人間の労働―価値があるから、互いに比較され、交換される。リンゴは100円で、車は200万円とか。
 商品は他人のために作られて初めて商品になる。
 ここでは使用価値と交換価値の矛盾が検討されている。
 矛盾―両立しない。相互に排除し合う関係。有ると無いとか。対(つい)になっている関係。
 目の前にある、毎日買ったり使ったりしている商品。改めて何かなどとなかなか考えないだろう。リンゴを100円払って買う。買って食べる。おいしい。それで終わり。
 それを使用価値と交換価値の矛盾としてとらえる。マルクスはすごい。これが分析するということだろう。分析はこのように行う。
 手に持ったリンゴを離すと下に落ちる。当り前のことと思う。改めて引力だの重力だのと考えない。ニュートンは偉い。
 確かになかなか難しい。しかし、よく読めば分からないことはない。続いて、良く読んでみよう。おもしろい。
 

つながり天国33-要約資本論③

日記・小説、文学・恋愛
10 /25 2018
昨夜の月はきれいだった。★十月の満月 明るい我らの道
要約資本論③
(10)<要約>さて残ったものは人間の労働力が集中され、固まったものである。それは、生産において、人間の労働力が積み重ねられていることを表す。
 これらのものは、社会の基本となるもの、すなわち労働の結晶という意味では価値(商品価値)である。

 <おもしろく>
 労働力―生産物を作るために費やされる、人間の精神的、肉体的な能力。労働力の具体的表れが労働である。
 商品価値―売り買いの対象となる、役に立つ度合。
 残ったのは、労働の結晶―価値―商品価値であるという。
 ここでは労働の結晶こそが価値だと、はっきりと述べている。
 リンゴは食べて栄養になるという使用価値があるが、他方でリンゴを栽培する労働の結晶でもあるだろう。そうした価値を持っている。商品価値とは労働の結晶なのだ。むろん、リンゴ栽培に自然の力も必要だが。
 ここでは「価値」という言葉が、交換価値と区別されている。労働の結晶という意味で価値であり、抽象的人間労働の作りだした価値なのだ。

(11)<要約>商品の交換価値で共通なものは、商品の価値である。抽象的人間の労働が物へと変化されている。
 その価値の大きさはいかに量られるか。労働の分量によってである。
 労働の量は、労働時間によって量られ、労働時間はさらに、時間、日などのような単位で量られる。
  
 <おもしろく>
 抽象的人間の労働が物へと変化する。形になる。商品が作られる。
 その価値は、労働の分量、労働時間によって量られる。短時間でできる物と、長時間かかるものとでは、労働の量が違うだろう。価値が違う。
 しかし、価値と価格が一緒とは言えないだろう。価格というのはいろいろの要素が入ってくるだろう。例えば独占価格などというのがある。三社ぐらいで市場を独占していると、三社が価格を話し合って、それぞれ価値が違うものを、横並びで決めるかもしれい。お互い競争して価格が低くならないようにする。
 その価格は価値よりも相当高いかもしれないのだ。それによって利益を高めている。独占利益だろうか。独占資本と言ったり、独占資本主義と言ったりする。
 また、ブランド品とか、ブランド化などと、価値のないものを価値があるのように見せて高く売る方法が取られている。価値と価格は違う。

(12)<要約>労働力の分量というなら、怠けたり、熟練していなかったりすればするほど、その商品の仕上げにより多くの時間が必要なわけで、その商品はそれだけ価値が多いように見える。
 しかし、これらの個人の労働力は、どれも社会的な、平均した労働力としての性格を持ち、平均した労働力として働く。したがって、労働時間とは、一商品の生産に平均的に必要な、または社会的に必要な労働時間である。

 <おもしろく>
 怠惰―怠けてぐずぐずしていること。
 不熟練―馴れていない、上手でない状態。
 個人的労働力―個人の労働力。
 平均的労働力ー平均した労働力。

 原訳文は、文章がくどくどと分かりにくいけれども、分かりやすく書き直したような意味だろう。労働力に違いがあるが平均を取るということか。
 「習うより馴れろ」などというけれども、実際にやって体で覚える。そうすれば上手になり、早くなる。やりながら覚える。
 それでも早い者もいれば、遅い者もいる。個人差は避けられない。その平均したものが社会的労働力として計算される。
 早い者ばかり集めればよいのだろうが、そうもいかない。仕事がきつくなれば辞めていくかもしれない。馬鹿らしいと。
 「早く、早く、ロボットになれ」と会社側は言うけれども、人間はロボットではない。ロボットになれない。
 そこで、人間にとって代わってロボットにする。人間がいらなくなる。ロボット化、無人化が進む。(もっともロボットを作る労働はある。)
 それで会社側は良いだろうが、労働者の側は仕事がなくなるだろう。機械の打ち壊しがあったように、ロボットの打ち壊しがあるかもしれない。
 こんなことを考えていると、では仕事は何のためにするのか、誰のためにするのかなどと考えたくなる。
 労働者を排除して、ただ会社が、資本家が儲ければよいのか、労働者がどうなろうとどうでもいいのか、と。
 何のために商品を作るのだろうか。

(13)<要約>ある使用価値の価値の大きさを決めるものは社会の必要な労働時間である。だから、等しい労働時間で生産される商品は同じ大きさの価値を持つ。
 ある商品の価値と、ほかの商品の価値の比は、一方の生産に必要な労働時間と、他の生産に必要な労働時間との比に等しい。
 「価値として考えると、すべての商品は商品の生産に使われた一定量の労働時間に他ならない」

 <おもしろく>
 価値の大きさは労働時間によって決まる。商品は労働時間が固まった物だと。
 まあ、普通にはそんな風に労働時間を考えない。まずはその商品がいくらなのかと、値段で考える。リンゴは一個百円だと。
 もっとも商品は労働によって作られた物とは考える。役立つ労働によって。物を作る労働によって。
 労働時間まではなかなか考えないだろう。 
 リンゴは一個百円で、自動車は一台200万円とすると、それが労働時間によるとはなかなか考えないだろう。リンゴはリンゴ、自動車は自動車。違うから値段も違う。使用価値が違うから違うのだと。自動車の方がリンゴより価値があるように思える。
 そうではなく、労働時間が違うという。リンゴの価値と自動車の価値は生産に必要な労働時間が違うから違う。使用価値という点ではそれぞれ違うのだから、どっちが価値があるとは言えない。

つながり天国32-要約資本論②

日記・小説、文学・恋愛
10 /24 2018
要約資本論②
(5)<要約>交換価値は、交換される時の量の関係(割合)として現れる。
  交換価値はたまたまであり、商品の内にある交換価値といったら、これは形容矛盾のように見える。もっと詳しく見てみよう。
  
  <おもしろく>
  形容矛盾―「丸い四角、木製の鉄」などと、それが持つ性質と矛盾する意味の形容詞を付けること。

  形容矛盾―「丸い四角」―丸いと四角は違う。丸いものは丸い。四角いものは四角い。四角を丸いと形容することはできない。
  丸と四角は矛盾だ。正と反。正と反を合体させて、統合して、つまり正反合して、「丸い四角」になったら、変というものだろう。
  「商品の内にある交換価値」とは何か。
 
(6)<要約>ある商品、たとえば一クオーターの小麦は―X量の靴墨、Y量の絹、Z量の金などと交換される。しかし、これらX量の靴墨などは、相互に置き換えられる―互いに同じ大きさの交換価値でなくてはならない。
  だから、第一に、一クオーターの小麦の、色々の交換価値は一つの同じものを示している。第二に、交換価値は、交換価値の内にあるものが表に出た表れである。

  <おもしろく>
  クオーター―イギリスの重さの単位。約12・7キログラム。

  一クオーターの小麦と、X量の靴墨、Y量の絹、Z量の金などは、同じものを示しているという。同じ? 何が同じなのか。それは交換価値の内にあるという。それぞれの物の内に何があるというのだろう。
  第一に別々の違うものが、同じ共通のものを示している。
  第二に違うものの内にある、同じものが表に現れたのだ、と。
  平たくいうとこうゆうことだろうか。原訳文では内実だとか、表現様式、現象形態などと難しい言葉を使っているけれども。

(7)<要約>二つの商品、たとえば小麦と鉄の関係は、一クオーターの小麦=aツェントネルの鉄によって表される。
  同じ大きさを持つある共通者が二つの異なるものの内にある。
  だから、両者は交換価値である限り、この共通者に戻すことができる。

  <おもしろく>
  ツェントネル―重さの単位。約50キログラム。

  リンゴとミカンは違うけれども、リンゴ一個がミカン二個に等しいものとして交換されるには、何か共通のものがなくてはいけない。比べられるものが必要だ。どうして一個のリンゴと二個のミカンが等しいのか。何が等しいといっているのか。全然違うものなのに。
  重さではない。リンゴ一個とミカン二個の重さは違う。しかし、同じものだとして交換される。この重さのように量るためのもの、重さのような共通のものを両者は持っている。それによって等しいとして、二つの物は交換される。同じ重さだから交換されるのではない。重さとは違う同じものを持っている。

(8)<要約>交換価値を特徴付けるものは、使用価値の排除である。(使用価値は含まれない)
  使用価値は異なる質であるが、交換価値は異なる量で、使用価値を含まない。

  <おもしろく>
  原訳文には捨象という言葉が出てくる。
  捨象(しゃしょう)―抽象(ちゅうしょう)は事物のある側面、性質をぬき離してつかむ作用。その際、他の側面、性質を排除する作用を伴うが、これを捨象という。
  抽象と捨象。抽象の反対は具体になる。具体的とは、はっきりと形を備えているということ。
  捨象というのは「捨てる」というほどの意味だろう。難しく考えることはない。抽象化する時にあるものを取り上げて、あるものを捨てる。
  例えばリンゴとミカンは違う。色、形、味など違う。その違いを捨て、共通するものを取り上げる。すると果物という共通のものになる。果物という抽象。
  実際にあるのはリンゴやミカン。具体だろうか。果物というものはない。果物は抽象である。だが果物というものは確かにある。ひとまとめにする。
  具体と抽象は矛盾だろう。

(9)<要約>使用価値を考えないと、残るのは労働生産物ということだけである。役立つということも、労働の役立つという性格も消える。
  労働の異なる具体的な形も消え、差別が無くなり、すべて同じ人間の労働、すなわち抽象的人間の労働に戻される。

  <おもしろく>
  ここでは労働の二つの面を見ている。
  テレビと自動車は違うが、使用価値を考えないと、同じ労働生産物である。
  それぞれを作る労働は違うけれども、労働という点では同じ人間の労働、抽象的人間的労働によって作られる。抽象が行われた。
  違う面と同じ面。

つながり天国31-要約資本論①

日記・小説、文学・恋愛
10 /23 2018
つながり天国―要約資本論①
マルクスの資本論―第一章商品を中心に、分かりやすく書き直して、短く要約してみた。
要約した原本は、「マルクス資本論」―(長谷部文雄訳、河出書房新社、昭和47年版)による。
章分けとしては、
(1)資本主義の書かれた時代
(2)資本主義とは何か―資本論を分かりやすく要約して解説
(3)弁証法は資本論でどう使われたか
(4)今、何が問題なのか
以上の4章だが、ここでは2章から始めて見る。
ぜひ読んで、色々と意見を寄せていただけるようにお願いします。
(2)資本主義とは何かー資本論を辞書を引いて分かりやすく、面白く読む    
(A)第一章商品
第一節商品の二要因―使用価値と価値(価値の実体、価値の大きさ)         
(1)<要約>資本制(資本主義)社会の富は、一つの「ぼう大な商品の集まり」として現れる。…だから、我々の研究は商品の分析から始まる。
<おもしろく>
資本制―資本が中心となった制度。資本主義。
 
資本論の始めは、右のような引用文から始まる。(以下いずれも要約。分かりやすく書き直した。)
資本制とか資本主義という言葉が出てくる。資本とは何か。広辞苑を引くとこう出ている。(以下いずれも要約)
  資本―①もとで。もときん。
  ②生産の三要素(土地、資本、労働)の一つ。新たな営利のために使用する過去の労働の生産物。また、剰余価値を生むことによって自己増殖する価値。
  なかなか難しい。「資本主義」と引くとさらに色々と説明があって難しい。
  こうなると、資本論とか経済学って難しいと思ってしまう。そうゆう気持ちを吹き飛ばして、この本では分かりやすく、面白く読み、考えてみよう。
  資本というと「体が資本」などというから体に気を付けてやろう。
  まず富は商品の集まり、だという。資本主義社会では。富は本当にそうなのだろうか。
  ここに、資本論の最も重要なことが述べられていると思う。商品である。問題は商品なんだ、と。だからマルクスは商品を最初に持ってきた。
  しかし、富を辞書で引くとこう出ている。
  富―(イ)財産。沢山のお金や品物。(ロ)財産やお金を多くする。(ハ)多い。十分にある。
  例えば、田畑や土地、家などは財産だろう。金銀宝石、高価な車や絵画なども。現金、預貯金、株、債権。また借金、ローンなども財産か。
  だが、マルクスは一言で片づける。「富は商品の集まりである」と。すべては商品であり、あるいは商品になっているというのだろうか。資本主義の下では。
  資本主義はあらゆるものを商品化する、などというけれども。
  商品って何?だからこそ、商品の分析から始めなくてはならない。

(2)<要約>商品はさしあたりそのものの性質によって、人間のなんらかの欲望を満たす、一つの、外的対象―物である。
  どう欲望を満たすか。直接的に生活手段(生活のため)としてか、遠回りして生産手段(生産のため)としてかはここでは問題ではない。

  <おもしろく>
  外的ー外にある。
  対象―見たり考えたりなどの活動の向けられる相手、目標。
   
  商品は欲望を満たす物だという。食べたい、飲みたい。さまざまの欲望。
  幻から生まれる欲望もある。たとえば、天国だとか、地獄だとかいう。亡くなった後、天国に行きたいなどと、死後の世界での幸せを期待する。
  そうした欲望を満たす商品とは何か。お墓や仏壇などがそうなのか。金銭によって戒名が違ったりするが、「地獄の沙汰も金次第」なのだろうか。
  まあ、「坊主丸儲け」などと罰当たりなことを言うけれど、こうしたことも幻から生まれる欲望だろう。「つながり天国」は地上に作る。幻ではない。

(3)<要約>鉄、紙などの役に立つものは、二つの点から、質と量とから考える必要がある。物のさまざまな使い方を発見することは、昔からやられてきた。
  また、量を測る基準を見出すこともそうだった。
  その基準の違いは、物の性質の違いや慣習から生まれる。

  <おもしろく>
  二つの視点―質と量。質が違うから、量の測り方も違う。例えば牛は一頭二頭と数えるけれども、肉になったら何グラムになるようなものだろうか。 
  例えば水は、重さで測ると何キロだが、体積で測ると何リットルだろう。 
  重さ、体積、長さ、数量、スピード、早さなんかも量か。

(4)<要約> ある物が役に立つということは、その物の使用価値(欲望を満たすことのできる性質)となる。
  商品としての形そのものが、使用価値または財(富。価値あるみの)である。使用価値はその物の量が決められることが必要である。使用価値は使用または消費することでのみ、実際に使用価値となる。
  我々が考えている資本主義社会では、使用価値は交換価値(ほかの商品と交換できる、その商品の値打ち)の源として、交換価値の内容となっている。

 <おもしろく>  
  例えば、リンゴは食べておいしく、栄養になる。そうゆう質を持っている。使用価値がある。それは一個二個といった量もある。
  しかし、作るのに何時間かかったかは、使用価値とは関係が無い。
  また、使用価値はいつの時代でも富の源となるが、資本主義社会では交換価値の源になる。使用価値があるから交換される。
  腐ったリンゴは交換されない。しかし、詐欺師は腐ったリンゴを売りつけて逃げる。用心が必要だ。
  使用価値とは何か。また、使用価値と交換価値の関係を考えている。




つながり天国―心を温める方法は?

日記・小説、文学・恋愛
10 /17 2018
★温めよ冷えた心を焚く落ち葉
10月も半ばを過ぎて、寒くなってきました。体が冷えるだけでなく、心も冷える。
体は暖房器具で温められるが、心はどうやって温めたらよいのか。
★風冷えて心も冷えて秋一人
あなたのアイデア、提案、思い、意見、喜び、怒り、哀しみ、楽しみなど教えてください。
★「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ  俵万智
    マクシム  菅原克己
   (前略)
言ってごらん
もしも、若い君が苦労したら
何か落ち目で
自分がかわいそうになったら
その時にはちょっと胸をはって
むかしのぼくのように言ってごらん
〈マクシム、どうだ
 青空を見ようじゃねえか〉
萩原慎一郎さんの歌集「滑走路」から
いじめられ、精神を病み、27歳でやっと働き始めた彼。非正規の苦しみ。(角川書店)
★夜明けとは僕にとっては残酷だ朝になったら下っ端だから
★街風に吹かれて「僕の居場所などあるのかい?」って疑いたくなる
★一人ではないのだそんな気がしたら大丈夫だよ弁当を食(は)む
★箱詰めの社会の底で潰された蜜柑(みかん)のごとき若者がいる
★僕が斬りたいのは悪だ でも悪がどこにいるのかわからないのだ
★生きているというより生き抜いている こころに雨の記憶を抱いて
★牛丼屋頑張っている君がいて君のがんばり時給以上だ
★何か必死で探す事恰好(かっこう)悪いことじゃないんだ暁の方へ
沢山の短歌を作って自分を励まし、人々に励まされ、人々を励まそうとしながら、32歳で彼は自殺したという。
なぜなのか。何があったのか。生きていれば良いこともあるのに。
★群衆の一部となっていることを拒否するように本を読みたい
この歌、ちょっと間違いではないか。
私ならこう詠むが、どう思いますか
★自殺NO 悲しむ人がいるんだよ人を悲しませていいの?
★労働者の一人となっていることを誇りに思う うれしく思う
★失敗、失敗、失敗 増えるのは希望なんだよ絶望ではなく
★失敗、失敗、失敗 なにくそと心を燃やせ負けん気の
★失敗、失敗、失敗 弱気虫飛んで火に入れ燃え上がる火に
★人は皆労働すれば生きられる労働と労働交換して
★人を認め人を愛してつながろう 人に認められ愛されて
★よくしゃべりおしゃべりしながらつながろう しーんとした孤独いやなこった
★秋夕焼け(ゆやけ)赤く赤くと輝いて燃やしているよ今日の悲しみ
★君の手で温めてほしい冷え心三日月光り虫の音ひとつ
★いいか君! 決して希望失うな 絶望なんかないのだからね
★泣きたい夜笑って眠れ虫の声
あなたの心を温める俳句、短歌、詩など教えてください。こうしたいなど知らせてください。

つながり天国―もしも18兆円持っていたら

日記・小説、文学・恋愛
10 /13 2018
もしも、私が18兆円持っていたら
さて、私はどうするだろう。
①ほかの金持や資本家と同じように、さらに増やすことを考えるだろうか。
欲が欲を生む。欲に限りがない。強欲になるのか。
②世界中の貧しい人々を助けるために使う。
この生産力の発展した世の中に、食べる物もない、住む所もない人たちがいるのはおかしい。
失業者が、日本では200万人、アメリカでは600万人という。失業者をなくすために使う。
金持ちを肥え太らすためにオリンピックで金をばらまく、金持ちのための政府、アベ政権は貧乏人のためには行動しない。
③それとも、この格差拡大社会―資本主義システムをなくすために使う。
アメリカのサンダース議員は、アマゾンの低賃金を批判しても、資本主義システムをなくすとは言わない。議員の限界か。
「臭いものにはフタ」ではなく、「元を絶たなきゃダメ」なのだ。
あなたならどうしますか?
素晴らしいヒックリカエリスト達
当り前、見かけ、常識といったものをひっくり返した素晴らしい人達がいる。ひっくり返す人-ヒックリカエリスト
例えばコペルニクス。-太陽は東から昇り、西に沈む。当たり前。しかし、本当は動いていない。地球が動いているのでそう見える。どうやってひっくり返したのだろうか。
例えばマルクス。-商品は二つの面を持っている。店のリンゴは売り物だが、食べ物の面も持っている。リンゴは買われて初めて食べ物になる。
リンゴが一個百円で、みかんが一個50円とすると、リンゴとみかんを比較するものは何か。それは、リンゴやみかんを作るための労働の量だという。
労働には食べ物としてのリンゴを作る労働と、売り物としてのリンゴを作る労働の二つがある。
売り物としてのリンゴを作る労働を「価値」という。リンゴに含まれる価値と、みかんに含まれる価値とを比較して、100円とか50円とかいう。労働の量の比較。
値段はリンゴとみかんを比較しているのでも、需要と供給によって決まるのでもない。そんな常識をひっくり返した。
私は弁証法をひっくり返した
弁証法(べんしょうほう)は「正反合」でも、「止揚―しよう」でもない。
弁証法は「正反転」である。例えば、水は温めると100度で蒸発して、液体から気体になる。
液体が正、気体が反とすると、正は反に転化した。物事は変化していく。
男を正、女を反とすると、男は女に、女は男に変わることができる。正反合だと男と女を合体させて、「男女」などと言っても仕方がないではないか。
男と女が別々だったのが、結婚してひとつになるというのは、分離と結合の問題だろう。分離が正、結合を反とすると、分離が結合に転化した。結婚した。逆もある。離婚などというが。
見かけをひっくり返すことで、私たちの知識は実際と合うものになる。そうすれば、実際と合う行動がとれ、うまくやることができる。それでも、実際はなかなか難しく、うまくいかないことが多いが。
弁証法は大事なものだといえる。
ヒックリカエリストになろう!

つながり天国―アマゾン創業者資産18兆円とか

日記・小説、文学・恋愛
10 /06 2018
アマゾン創業者ベゾスの資産が1600億ドル(約18兆1千億円)に
10月5日の朝日新聞によると、米フォーブス誌が発表した2018年の米長者番付では、アマゾン創業者ベゾスの資産が1600億ドル(約18兆一千億円)になったという。
二位はマイクロソフトの創業者ゲイツの970億ドル(約11兆円)とか。
アマゾンは時給を15ドルに引き上げると発表
前日の新聞はアマゾンがアメリカでの最低賃金を自給10ドル(約1130円)から15ドル(約1700円)に引き上げると発表したという。
対象は25万人の従業員と約10万人の季節従業員だとか。やればできるじゃないか。
アマゾン従業員は全世界に57万5千人で、他の国ではイギリスの1万7千人の引き上げが発表されたが、日本ではないという。
アメリカの最低賃金は7・25ドル(約820円)だとか。どう思いますか。
時給1700円でも年収350万円でしかない
今時給1700円、一日8時間、週5日働いて、年間52週として計算すると、年収は約350万円でしかない。
ボーナスはあるのか。いくらなのか。労働組合のある正社員の時給は27ドルだとか。ずいぶん開きがある。非正規社員は34パーセント、4880万人(2016年)いるとか。
仮に年収500万円として、40年働くと、2億円になる。18兆円は、何人分なのか。9万人分か。ベゾスはそんなに仕事をしているのか。ゴルフで遊んでいるのではないか。
400万円としたら、1、6億円。11万人分か。
これで格差が拡大していないなどと誰が言うのだろうか。無茶苦茶だ。
日本での時給は1050円位か。1700円にせよ。
時給1000円だと、年収210万円くらいか。ボーナス30万円としても240万円でしかない。
日本でも1700円に上げるべきだ。最低賃金でよいのだなどとどうして言えるのか。
むろん、すべての社員を正社員にすべきだ。日本でもアメリカでも。
パートは「正社員パート」(正社員と同じ賃金、同じ労働条件)にすべきだ。労働者を差別する何の理由もない。労働者差別反対。
経営者が、株主が莫大な資産をため込むばかりではないか。

つながり天国ー売りたかったら「水」を探せ!

日記・小説、文学・恋愛
10 /03 2018
「校閲ガールーア・ラ・モード」の「売れる」と「売れない」
「校閲ガール―ア・ラ・モード」(宮木あや子著・角川文庫)の140頁はこう述べる。
「とにかく売り上げろ。売れない本は作るな。売れてる作家にだけコンタクトを取って、さっさと原稿を取って来い。今の景凡社文芸の方針は、そんな感じだった。」
この本は「売れる」と「売れない」―「売れる作家」と「売れない作家」の争い―矛盾をテーマにしているように見える。
しかしここに描かれた景凡社編集部は堕落しているようだ。売ること、売ること、売ること。それしかないかのようだ。
これは本当なのだろうか。何の哲学も、何の理想もないではないか。
「売れる」ためには、編集部から離れて、「水」を探そう。
周りを見回してみると、たとえば水は売れている。生きていくためには水が必要だ。水道代を払う。売りたいなら、「水」を探そう。
昔はボンブと井戸だったが、今は水道になった。また、電気やガスも必要だ。米も野菜も魚も肉も必要だ。テレビや電話も必要か。
生きていくために必要なものなら売れるだろう。
あるいは生きていくためには「希望」が必要だろう。
「希望は未来にあるものだから、だれもこれを否定できない」
中国の作家、魯迅(ろじん)はかってこう述べた。素晴らしい。
私の亡き母は、真剣な顔をして、「いいか、決して希望を失うな。絶望などないのだから」と言った。
今、私はこう言うー「絶望の中に希望がある。絶望を希望に変えよう。きっと変えることができる。」
あるいは生きていくためには「愛情」や「笑い」が必要だろう。そうしたものを売り出すなら、きっと売れるだろう。
売れるとは、受け入れられることであり、認められることだろうか。愛されることだろうか。
あなたの意見を寄せてください。

susumumusi

戦後を生きてきて、70余年。今頃ブログなどとなかなか難しい。ぜひ分からないところをいろいろと教えてほしい。あれこれと経験した中で、何か若い人にも参考になるところがあるような、そんなブログになったらよいのだが。FC2ブログへようこそ!